Monday, November 28, 2011

わたしの頭の中

今日は、初めてのことをしてみます。

全文日本語!!!

外国人の友達にも読んでもらえるし、英語の勉強にもなるし、ネガティブなこと、恥ずかしくて言えないけど誰かに聞いてほしいこと、その他・・・まぁ何でもいろいろ。

英語でなら書けるし、許されると思った。


学生時代は、昼のバイトに国家試験の勉強に、夜の学校に目まぐるしかったことや、最後の最後まで苦しんだ就活のことを書き、それでもやっと就職が決まって社会人になれたこと。

行ったことも知り合いもいない上に、その土地の魅力を紹介する仕事なんて、悩みと不安、葛藤の繰り返しでした。

それから、退職してからはネガティブまっしぐら。

うーん・・・実にいろんなことを、やりたい放題書いてきました。

だから今になって読み返すと、恥ずかしさや自分の未熟さに火が出そうになります。

ボーーー!

なんておふざけは、軽く流してくださいね。

このブログの読者の中に、どうやら自力で英語を読んでいない方がいるようで、翻訳サイトが出したおかしな訳を指摘してくるわけですよ。

まぁ確かに、私の英文は、わやくそです。

でも何とか読み、理解してほしいものなんです・・・私としては。

分かってもらえるでしょうか?

意気揚々と「どやっ!」って書くことも少なくないもので。

今日の日記は長文かつ、チャラい私の真面目な話なので、誤解を与えないために、日本語で書いてみることにしました。

やっぱり恥ずかしいけど・・・


昨日は私、知り合いの方と神戸に行ってきました。

美味しいものを食べて、いつかは住みたいと思っている街を歩くと、心底、癒されました。

6月に仕事を辞めた時、とりあえず1ヶ月は休もうと決めていて、家族にも宣言していました。

だけどもう、その「休む」ということが何だったのか、ただ何もしない生活を送るだけで良かったのか、年も終わりに近付き始めると、全てが八方塞がりなのです。


ちょうど1年前、体が、おかしくなってきました。

体調不良と言えばそれまでで、だけど仕事にも行けない位で、今までになかった感じが、自分のことだからこそ不安で不安でならなくて、でも周りの人に言っても分かってもらえないことだったから、しんどかった。

たまらなくなって行った病院の先生が、まず話を聞いてくれて、私の体を触ったり動かしたりしてみて、「これは、しんどかったね。」って言われた時、やっと痛みを分かってもらえた気がして、涙が止まらなくなった。

診てもらうことや薬を処方されることで症状が軽く感じることはあったけど、通院が、月一、隔週、週一になるともう、病院に行くのが苦!でした。

「余計なことは考えないで、あなたはあなたのことだけを考えれば良いのよ。」って言う先生に、たいして変化のない体のことを報告するのも、申し訳なくて嘘をついたりもして。

大丈夫です、とか。最近調子良いんです、なんて。

でも本当は、だんだん保てなくなってました。

もう体、ムリ!!!

環境を変えれば・・・と思った私は、上司にたいした相談もせず退職を決めたわけですね。


人生の岐路とも言える地点にさしかかった時、私はあまり、誰かに相談をしたり助言を求めることをしないので、いつものことですが、島根を離れたい気持ちにも後を押されてしまいました。

でも、人の話を聞くことは大切です。

今、そう思う。

あの時は、仕事に行くのがしんどくて休ませてもらうことも増えていて、今日も欠勤の連絡を入れるのかと申し訳なくなったり、だから仕方なかったと思う。

続けられないと思った、本当に。

それで、辞めれば治るだろうと思ってた。

辞めて、晴れた場所で少しゆっくりすれば、また前の体に戻れるかなーって。

でも、やり方が違った。

気付いたことは、環境じゃなくて私の心の弱さや不安定さ、考え方に起因しての不調だったんじゃないかと。

晴れが少なくて灰色の空が多いことは嫌だったけど、仕事はとても好きだった。

失敗もたくさんあって、お客様から直接お怒りを頂戴した日にはもう、ずーん、でした。

それでも、一年目からいろんなことを経験させてもらって、学ぶことばかりで、知ることも、人脈が広がって動きやすくなることも、仕事そのものも楽しかった。

楽しいと感じる仕事で食べていけるのって、嬉しくない?

はい、嬉しかったです。

離れてみて、ひしひしと感じてますが、もう遅い。

あの時、少し冷静になって原因を考えれば・・・なんて。

辞めたところで、すでにもう5ヶ月経つのに元の状態に戻っていない体と付き合っていると、後悔ばかりです。

それと同時に、こんな体、破裂してしまえば良いのに、なんて恐ろしいことを考えては、涙が止まらなくなる。

本当、辞めなきゃ良かったなーなんて。

でも、あの時の私はそれが精いっぱいだったから選んだ道で、今の私があーだこーだ悔やんだところで何にもならないんだよね、と最近やっと理解。


すごく、ウジウジしてしまう性格が嫌いです。

右から入ったものを左に流せない代謝の悪い心もだし、すぐ体の不調につながるのも、嫌。

終わったことをいつまでも気にしてるのも、嫌。

悲観的だったり嫉妬で頭おかしくなりそうなのも・・・もう勘弁です。


今日の日に思っていることを残しておきたくて、書いています。

決意も、不特定の人に向かって発信しておけば、少々のことがあっても揺らぐことなく逃げることなく、持ち続けられるような気がして。

まぁ、ここまでのネガティブストーリーは、若干迷惑ですよね。

すみません。


先日受けた企業さんの面接は、まるで入国審査のようで苦しかったことを思い出しました。

撃沈した私には、そろそろお祈りメールが来る頃かと思います。

「上田さんは、友人は多い方ですか?」

この質問に、どんな意味があるのだろう。

少し考え、戸惑った私ですが、こう答えました。

「何でも話せる友人は数人ですが、25年の人生で得た友人の数は、少なくはないと思います。」

無難に答えたなーと思って、恥ずかしくなった。

でもそもそも、友人の数が多いとは?何人以上?と私は疑問を抱く。

ハテナです。

誰か教えて。

たぶん私は、同年代の友人より、友人の数は少ないと思ったから、ムッとして、あんな答えを返してしまったのかもしれない。

携帯電話のメモリーだって、200ほどだ。

でも今、本当に何でも話せる人は・・・と数えると、数人ではないことが判明。

その数が、面接官の言う多い少ないのどちらに分類されるのかは知らないし、関係ないし、どうでも良いと思う。

定期的に連絡をくれる子、凹んでいる時に、なぜかいつもタイミング良く「大丈夫?」と言ってくれる子、ダメだと思うことを遠慮なく指摘してくれる子。

「私は、友人が多いか少ないかは分かりませんが、物足りないと感じたことはありません。」

もしまた、どこかで聞かれることがあったら・・・のための回答。

それでもこれから先、何でも話せる友人が一人でも増えれば、また嬉しいことだと思う。

そう思いませんか?


断る勇気がなかったので責めるべき対象は私なのに、人のせいにして、島根に行ったことに関しては、本当に後悔が多かった。

それに、焦りました。

おかしな話ですがね。


「年内に就職先を見付ける」ことが目標です。

これを宣言したかったのです。

ダラダラと就活をしてますが、このままではダメだと思い、最近は経験者の話を聞くようにしています、やっと。

ただあまり、転職をしている人が身近に多くはいないので、もうちょっと誰かの話を聞いてみたいと、本屋の「人生とは?」「仕事とは?」コーナーの本を読み漁ったりしています。

自己啓発本は、種類にもよるけど、逆に打ちのめされることも多いので、苦手です。

いろんな意見があって分かれるけど、共通して言われることがあって、だからそれは間違いない考え方というか、まっとうなことなんだと理解。

特に、私と似た性格だと思うお姉さん的存在の方に言われることは、本当にいつも、私を冷静にしてくれるので、的確なんだと感じる。

これまで人の話に耳を傾けず猪突猛進で後悔することも多かったので、今回は、人のアドバイスを受けて考えていきたい。

そして次から、後で悔やむのは、なしにしたい。

こう言うとまた、人の話を聞かず成長しようとしない人間みたいだけどそうじゃなくて、後悔を反省にして次に生かす努力をする、ってことです。

意識だ、意識。


最近特にイライラしたり凹んだり、もうどうしようもなくて眠れないし、泣いてばかりでした。

昨日だって、あずき色の車体が走るのを見て、ダーと目から塩水。

港の観覧車に、ダー。

コンビニのお菓子を見ては、ダー。

ダーダーな鬱陶しい私を見た、連れの方にガツンと言われて、またダー。


それにしても、この時期の街は、どうしてあんなにもソワソワした空気で、ソワソワした音楽や装飾に包まれているのだろう。

前を歩くカップルの、つないだ手と手を、「しゅぱっ!」っと手包丁で、ほどきたくなる。

ソワソワソワソワ。

不思議な雰囲気じゃないですか?

そうそう、もうすぐルミナリエが始まるみたいです。


私は、寂しいと言うのがダメなことだと昔から理解していて、25歳の今でも、そう言うのがすごく申し訳ないことのように思う。

近くにいない大事な人に言われると嬉しくなるけど、発信するとなると、やっぱり・・・なかなか使えない言葉です。

勝手なんですね、結局は。

たいして相手のことを理解しようと努力できていないくせに、理解されないと孤独感に苛まれたりするもんだから、これはもう、おこがましすぎて恥ずかしさMAXだ。

自分のことは分からない。

完全に客観視することは不可能で、自分の自己分析にも限界があって、だから、いつも悔しく思うけど、相手に伝わったこと、理解されて(しまった)ことが全て、ですよね。

分かってもらえないと嘆くのも、おこがましい。

もっとちゃんと、分かってもらえないなら分かってもらえるように、伝え方を変える努力をしなければ、と思う。

同時に、相手はどうなんだろう・・・とイメージしてみよう。


「なるようになるし、なるようにしかならんから。全部いいよ。」

中学時代の親友が、随分と前のことだけど、国試が終わって脱力してた私にくれた言葉です。

彼女は、私がいつも頑張って、頑張りすぎちゃうから適度に力を抜いて、自分にも優しくしたげてね、と言ってきます。

この言い回しが、前はすごく響いてました。

本当に努力して努力して、努力したんだと思うことを、こんな風に言われるとね、もう涙もんです。

でも最近の私は全然。

ブレーキ踏みすぎて、ペダル戻ってこないんじゃないかっていうね。

その彼女も、最近久しぶりに会ったのですが、いろいろ思うことがあるようで。

結局私たちって・・・という話を、ケーキを食べながらしてみたり。

話の中身までは書きません。


「生きている」という実感は確かにあるけど、「生きる」ことは私にはハテナです。

まぁたぶん、難しく考えすぎですね。

明日はどうなるか分からないから、まずは今日を楽しんで、今日が終わる頃に明日へ希望が抱ければ、と思う。

「Good Morning! Today is the first day of the rest of your life. Have a nice day! 」

高校時代に通っていた予備校の講師さんが、いつかの旅先のホテルで、朝起きた時、ドアの下に入っていたカードに書かれていたそうです。

このブログでも、何度も何度も引用させてもらってきましたが、そうやって朝を迎えられたら素敵だし、私もぜひそうありたい。


大変ダラダラ長くなりましたが、頭の中の整理整頓にお付き合い(読んで)いただき、ありがとうございました。

紙の日記でも良かったのですが、誰かに読んでもらえるだろう場所でないと、もっとダラダラ締まりのない文章だったかと。

見られない日記は、もし私がいなくなった時に発見されないと、可哀そうですしね。


先のことは分からないけど、今ありたいようにあろうと思う。

自由奔放であり続ける私を、見過ごしてくれる(ともすれば、ただ諦めているだけなのかもしれない)家族に、本当に感謝しています。

いつも励ましてくれたり、ガツンと言ってくれる友人にも、感謝。

あんな退職の仕方だったのに、今でも連絡をくれたり、生きているかと心配してくれている上司や取引先さんだった人にも、感謝。

それからもう一人・・・

うーん、最後に書こう。

そんな人たちの存在もあり、仕事の楽しみを感じられたことも思い出し、5ヶ月経ってやっと後悔の気持ち、未練もなくなりました。

島根に行けて良かったです、本当に。

それに何より思うことは、島根に行かなければ別の場所で新生活をスタートしていたかもしれないし、そうなると、毎月24日が記念日になることも、もしかしたらなかったのかもしれない。

あったかもしれないけど、確率は低かったかも、と思うのです。

だから、こんなことを書くのもうざがられるのかもしれないけど、いつか読んでくれることを信じて、一方通行ですが、書いてみます。

英語です、ごめんなさい。

I felt so happy to be with you.
I liked your smile.

I love you.


アンパンマンには、私の元気のモトが入ってます*

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